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武蔵野書展

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東京展終了後、私は一度シアトルに戻った。まあ、いろいろとしなければならないことがあったわけで。しかし戻ったシアトルの気温は6℃。湿度100%の、いまだ気温30℃の東京からは想像しがたい寒さだった。そして中四日で再び日本へ向かった。着いた日本はというと、一週間前よりは多少涼しく感じたがまだまだ湿度は高く、シアトル人には不快以外の何物でもなかった。そんな中、武蔵野書展の授賞式、懇親会、そして搬出、発送と目まぐるしく時間は過ぎ去った。さすがに二週間の間に二度の国際線往復は身体に堪える。55歳を超えた管理職が会社からビジネスクラスのシートがもらえる理由がわかった。しがない空飛ぶ書家は残念ながら今でもエコノミークラスであるが。
我々の東京展の後、この武蔵野書展までの間に、アメリカから来てくれた会員は三々五々日本を旅していたらしい。聞いてみると、金沢、京都はもとより、熊野古道を歩いた強者もいた。中には上野公園でスケッチしたり、終日読書したりとのんびり過ごした日もあったという。この辺りが日本人の旅行感と違うところだ。大いに結構。皆お疲れが出ないようにと祈るのみである。
多くの方々のお力添えで考えていた以上の大きな仕事ができた。本当にありがたい。幾度の試練を乗り越え、我ながら皆よく頑張ったなと思う。ここらで「みんなに生ビール、大ジョッキ持ってきて」と言いたいところだが、痛風持ちにはかなわぬ夢幻である。

古くは今の東京、埼玉、神奈川三県を武蔵野と言ったとある。現在の武蔵野書展はこれにアメリカが加わり、我がUSA明藤書道会の出品数は総出品点数の25%となったらしい。我々の会員はアメリカはもとより宮崎県都城市、兵庫県西宮市、和歌山県和歌山市からも駆けつけてくれた。