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空海

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「弘法にも筆の誤り」、「弘法筆を選ばず」など三筆のひとり空海(弘法大師)にまつわる語録は多い。「弘法にも筆の誤り」は「猿も木から落ちる」などのように得意分野であってもたまに間違えることもあることを言うが、「弘法筆を選ばず」はどうであろう。一般的に空海は技量があるから道具に左右されずにどんな筆でも立派に書くことが出来たとの意である。これを「書」を書くにどんな粗悪な筆であっても良いと勘違いされては困る。高い筆でなくとも空海は立派に書いたのだから、技量が無い今のあなたには粗悪な筆で十分とは言語道断である。空海は唐で筆の製作技法を習得し、そして帰国後は自分で図面を引き筆師に作らせたことでも並々ならぬ筆へのこだわりが窺える。良筆を好んで使ったことは間違いない。
兼毫筆は穂先の命毛と呼ばれる部分が書きやすさの秘密である。しかし、知らず知らずの間に磨耗し書きにくくなっている。同じ筆ばかりを使っているとそのことに気がつかないまま永らく使用してしまう。同じ新しい筆を隣に並べてみて初めて穂先が短くなっていることに気がつく。私は生徒に車のエンジンオイル交換のように(3000マイル、または3ヶ月で交換することを奨励している)3ヶ月ごとの買い替えをアドバイスしている。ただし、書き込めば書き込むほどなじんでくる羊毛筆はさにあらず。良い羊毛筆は一生の宝である。この筆でなければ書けない書。そう、こだわりもまた大切である。

久しぶりの青空に誘われて北へ走る。鳥たちも青空を待っていたかのようにあちこちで楽しく飛び回っていた。天候と機材に助けられた一枚と言っても過言ではない。そう、良い機材を持っていなければ撮れなかった瞬間とも言える。